2024/06/29 16:46

土を掘り糞を混ぜる、気分はもう糞虫!


Diggers & Rollersでは、糞虫の機能美や力強さについて標本の域を超えて迫るべく、畜糞堆肥づくりを通して彼らの生活史に倣うことを活動の一環としています。標本屋が唐突に堆肥づくりについて語り出そうとしているさまに困惑している方も多いかもしれません。しかし、Diggers & Rollersにとってこの組み合わせは何ら荒唐無稽なものではありません。古代エジプトでは再生の象徴とされ、現在では物質循環の象徴として注目されている糞虫を扱うのであれば、廃棄物の一つこねくり回して何か価値あるものを作り出したくなるのも自然の摂理です(謎)。というわけで、本記事では糞虫のデザイン・生活史に着目しながら、現在挑戦中の堆肥づくりについて紹介していきます。

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目次
・糞虫、耕起のデザインと生活史
・馬糞堆肥づくりに挑戦
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・糞虫、耕起のデザインと生活史
 -糞虫のデザイン
 糞虫、特に狭義の糞虫であるタマオシコガネ亜科(Scarabaeinae)に共通して最も特徴的な部位は頭楯であると思います。頭楯とはクワガタの大顎の間、スズメバチの顔の中央にあたる部分です(分かりにくい?)。糞虫の多くの種類が、この部位が縦に長く、また扇状に広がった独特な顔つきをしています(メンガタカブトなどぱっと見の体型が糞虫に似ている種類もいますが、顔つきを見ると全く別物であることがわかります)。スコップや鋤に類似した形状をしており、実際に糞をかき分け硬い地面を掘る際に使用され、正に彼らの生命線と言えます。大変酷使されるため、頭楯の一部に欠けや摩耗が見られる個体も少なくないです。

Heliocopris bcephalusの頭部と鋤。どちらも先端・下方向にかけてカーブを描き、固い地面に刺さりやすい・起こしやすい形状をしている。

 糞虫の腕部(前脚)もまた糞虫の生活を支える重要な部位です。前脛節の外歯はよく発達しています。頭楯と同様に、地面を掘り進む際に使用されます。前脛節の外歯は糞内の繊維質を掻き分けることにも有用そうです。発達した前脚の一方で、フ節については辛うじて何かに引っ掛けることができる程度まで退化している種類が多いです。タマオシコガネの仲間は、逆立ちで糞球を転がすために初めからフ節がない個体も多く、発達した前腿節、前脛節との対比から生態に対する適応度合いに潔ささえ感じます。

Eudinopus dytiscoidesの前脚(脛節)とレーキ。発達した外歯により糞や土が掻き分け易くなっている。

 頭部胸部に備えるツノも糞虫の特徴の一つです。糞虫の備えるツノは、目立つもの、目立たないもの、奇抜なものなど様々です。メスがツノを備えている場合も少なくありません(Megaphanaeusなどが顕著。エンマコガネの仲間であるOnthophagus sagitariusはメスの方が大きなツノを持つようです)。このツノは同種間の闘争に用いられることが明らかになっています。闘争が基本的に坑道内での押し合いになるためか、カブトムシなどとは異なる奇抜な発達の仕方をする種類が少なくありません。鍬やフォークのような形状のツノを持つ種類もおり、糞をかき分けたり、坑道内の障害物の排除に活用されるのかも気になります。

Heliocopris gigasの頭部と年季の入った二又鍬。下から上へ持ち上げる角と、上から下に振り下ろす鍬とで使い方は異なるが、糞塊や坑道の中でモノを引っ掛ける・掻き出すといった場面においてはどちらも同じように活躍できそう。

 -糞虫の生活史
 糞虫は決して大きくない身体(最大で70mm弱、ボリューム層は5mm〜10mmほど)ながら、上述の特徴的な部位を駆使して体重の何十倍もの糞塊や土を削り、持ち上げることが可能です。エンマコガネの仲間は、体重の1000倍以上の物を持ち上げることが明らかになっており、世界で最も力の強い昆虫の一つとされています。また、オオセンチコガネは地下50cm程、ナンバンダイコクコガネ(Heliocopris)に至っては地下1m以上の深さまで坑道を掘り進めることができます。
 飼育記で記述したように、糞虫は地中に持ち運んだ糞を地中で熟成させます。熟成の過程では、幼虫が栄養として利用しやすいように、C/N比の低下や特定の真菌が増加することが明らかになっています(日本ではゴホンダイコクコガネを用いた研究が進んでいるようです)。糞虫が糞を利用することは人間にも恩恵があります。糞を地表から地中に運ぶことで、ハエなどの病害虫の発生を抑止するほか、地中に窒素を還元する役割も果たします。

↑夥しい数の糞虫により、糞塊は瞬く間に解体される。写真はシナノエンマコガネの大群。

↑チューブ状の物はすべて糞虫の糞。粗い繊維質の糞は糞虫によって細かく分解されていく。当然、このチューブ状の糞を食べ更に分解する虫、微生物が存在する。糞虫もまた分解・循環のプロセスの一部である。

↑ダイコクコガネのメスと熟成中の糞パン。周囲の糞を一掃し、一度にコレだけの量を地中に運び込む。

↑地中の糞球。熟成された糞球の中で、糞虫自身の新しい生命が育まれる。

・馬糞堆肥づくりに挑戦
 前置きが長くなりました、ここから本題です。上述したように糞虫の身体は土を掘り糞を運ぶ・使うことに特化し、その営みは人間社会にまで恩恵をもたらしています。彼らの生活史に擬えて廃棄物を活用していきましょう。
 -馬糞をもらいに牧場へ
 堆肥づくりのセオリーは、資材となる廃棄物を住環境の周囲で手に入れることです。この際、資材のC/N比にも気を配る必要があります。C(炭素分)にあたる落ち葉や稲藁、籾殻は分解されにくく粒の大きい粗大性有機物であるため通気性や水捌けの改善に有用です。N(窒素分)にあたる生ゴミや鶏糞はタンパク源として直接的な肥料分になります。C/N比が高すぎる(=炭素分の割合が多過ぎる)場合、供給する栄養の乏しい堆肥になり、反対にC/N比が低すぎる(=窒素分の割合が多過ぎる)場合、腐敗しやすく病害虫の温床となってしまいます。資材として畜糞を分類した場合、馬糞は炭素分が多め、牛糞と鶏糞は窒素分が多め、と分けることができます(豚糞は銅の含有量が多いらしくあまり使用しない)。以上を加味して、今回は馬糞をメインの資材とすることにしました。

↑牧場は自宅から40分ほどの標高1,000m以上の長閑な高原にあり、競馬引退馬や道産子の受け入れを行なっている。雪を被っているが小山すべてが馬糞である。

↑馬糞が厩の敷き藁や籾殻と一緒に山のように積まれている。糞虫そのものになったような気分で崩していく。

↑あおりを増加してトラックの荷台いっぱいに積み込む。一度に貰う量はおよそ1,200L。

 -堆肥の仕込みと切り返し
 貰ってきた馬糞の他に、幾つか資材を用意して堆肥を仕込みます。他資材には、落ち葉、稲藁、籾殻、米糠、鶏糞、赤土を用意しました(馬糞と同じようにこれらの資材も近所の公園や精米所から貰ってきています。鶏糞のみ近所の養鶏場から購入しています)。仕込みの過程は大きく4段階です。はじめに用意した資材を軽いものから順にミルフィーユ状に積み重ねます。続いて、重ねた資材が偏らないように剣スコップやフォークを使用して混ぜていきます。混ぜた後で、軽く握り指で突いたら崩れる程度になるように水を加えていきます。水を加えたら、全体が馴染むように最後にもう一度かき混ぜ、小山型に積み上げて(積み上げる際、壁などに寄せた方が楽ですが、壁際は水が溜まり腐敗しやすいため)仕込み完了です。仕込みから1〜2日ほどで70℃程度まで温度が上昇していれば成功です。

↑ミルフィーユ状に積まれた資材、合計3,000Lを一度に仕込む。積む順番は写真と逆が理想(赤土と馬糞を先に貰ってきてしまったため、軽い資材が上になり混ぜるのが大変…)。

 仕込みから1週間で最初の切り返しをします。仕込んだ堆肥では、表面付近の空気と接することができる部分で好気性発酵、小山の中心部で嫌気性発酵が起きています。今回の方法では基本的に好気性発酵で有機物を分解させたいので、切り返しを行い小山の表面付近と中心部を入れ替えていきます(表面付近は温度が上がりすぎて窒素がアンモニアとして放出されてしまう他、中心部分は水が溜まり腐敗しやすい)。切り返しにあたり、仕込み時と同様の方法で水分を調整します。切り返しは堆肥内部の温度を見て、1週間〜2週間間隔で実施します。切り返しを重ね仕込みから1ヶ月半ほどで熟成期に入ります。ここまで来れば一旦完成です。熟成期以降は3〜4ヶ月ほど小山型のまま安置し、堆肥内の微生物相を安定させます。この状態では温度はあまり上がらなくなっており、匂いも森の土のようなものになっています。

↑仕込みから2週間ほど経過した堆肥。資材の落ち葉はまだ形を保っている。フォーク、剣スコップ、角スコップを使い分け気合で切り返す。糞虫のような頭楯や前脚が欲しくなる。

↑切り返した後は小山型にして寝かせる。温度、湿度を保つために布をかぶせる。リアル糞パンといったところ。ブルーシートは蒸れるためあまりオススメはできない。

↑仕込みから2ヶ月ほど経過した堆肥。難分解性の籾殻だけが形を残し、それ以外の資材は分解されて細かい粒子となっている。

 -Diggers & Rollersと農業
 発送元の住所から気付いている方もいるかもですが、Diggers & Rollersは昨年から長野県に引っ越し、土地を借りてひっそり農業をしています(妻が中心。中の人は当店の運営の合間で参戦)。本記事で仕込んだ堆肥は、葉物、根菜、果菜などの肥料や培養土として使用されています。
 農場ではせっかくなら生き物の力も借りようと、緑肥の播種、畝間の敷き藁、雑草の高刈りをして圃場の乾燥防止と立体構造の維持に努めています(ゴミムシやクモ類、多足類など捕食性の昆虫・節足動物が住みやすいような環境づくりをしています)。その他、借りている土地にはクヌギ林、ニセアカシア林、水田跡地の湿地などもあり、糞虫に留まらずバリエーション豊かな昆虫・節足動物に触れていけたらなと思っています。

↑育成中の夏野菜が並ぶ農場の一角。畝間にはワラを敷いて乾燥や土壌流亡を防止している。地表の生物にとって、ワラは保湿された足場・隠れ家となっている。